とあるアダルトチルドレンサバイバーの人生総括ぼやき

毒親育ちは愛着障害を経て発達障害の体をなし人生をより困難にする

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苦手だった弟夫婦、もうキライの域です。

弟夫婦

 もともと仲良くなかった弟に嫁ができて10年ちょい?忘

はじめは心を開いてヘラヘラ接して待ってた。
私だって「嫁ポジ経験者」だ。(しかも当時は現役!)

でも
何年経っても人の目を見て「こんにちわー」も「お邪魔しましたー」も言わない。
ほとんど笑顔もない。

なんと言っても、実弟自体がろくに「お邪魔しまーす」も言えないというか、半年ぶりとかに目があっても「久しぶり」とか「こんにちわ」もない状態。ぬぼーっとずっとスマホでゲームしてくつろいでる。
しかし甲斐甲斐しくオモテナシする母。

お嫁さんは お嫁さんらしい動き(食事の準備や片づけ)をするし、まっとうな日本社会人で冷静な物言いで、医療事務とかやるようなタイプ、ワーキングマザーが普通でしょ義理母さんって古い。って話してたので「言われた私が結婚時代専業主婦だったんですけどー?こちらの気持ちは?あー」考えていない、な方なんです。が。それでも、嫁はつらいよな、と 味方でいようとバカな顔してヘラヘラと一家の調整役(人柱)を長い事しておりました。

ああ、機能不全家族再びだね・・・
しかも拡大してる…。

そうは言ってももう弟夫婦の結婚から10年以上。

近年には 父も愛想をつかし「話すことないから自分からはもう話さない」と匙を投げてる。(回避型もやめてほしい)
母は相変わらず、来る前後に弟夫婦の悪口を私に捨て、来たら来たで接待。(自己愛型)

機能不全家族がぬるぬると行き着く先。ここ。

いつも変な空気。


変わった事は、
2年前から私が、自分たち(私と私の娘)をきちんと優先し、人柱をやめたこと。

■数年前、その弟夫婦が離婚するしないで揉めた。

私が離婚時、事の顛末を消化できずにいた時に役所の相談窓口に通ったことがある。
そこで、当時まだ洗脳から抜けてない私は「私は離婚したら、今いる場所から遠く離れたい。でも、自分がいなくなったら、弟夫婦にも迷惑をかけるような気がする。なんか、いままで私にむいていた力があちらに向くというか…。うまく言えないですが…。」と


その通りになった
私が離婚して、単身千葉県船橋市に飛んで4.5年後?忘 
弟夫婦は離婚の危機に陥った。

弟曰く「嫁がアスペルガーで、自分がカサンドラ症候群だ!」だから鬱になったとかなんとか。
嫁さん側の父親が激怒してたとかどちらの母親もスルーしてたとかなんとか…。私の時とは違って2度目は何とも慣れたものです(怒りを感じる:私は母に先方に謝罪に行け!とタクシーで行かされたのを思い出す。。第一子はいつもこう…。)

しかも弟がオーバードーズしてたらしいので、私はののとのプライベートの時間を全力で削って『嫁さんの味方』になった。詳細は省く。(当時の私の”娘との時間”は相当な優先事項だったにも関わらずそうせずにいられなかったのは多分、弟の訴えるやり口が汚いと思って過去の自分を投影したからだとも思う。まだまだ未熟だった。ほっときゃよかった)

はてさて
実際に過去に二度自殺を実行(失敗)した自分からしたら、介入してみると弟の言動(しかも当時の私より断然大人)は今すぐ死ぬようなものではなかった。
夫婦は似たもの同士なので、言葉を選びながらも嫁さんを支えるつもりだった。

嫁が遠く船橋まで来るって言うので歓迎し、貧しいのでなんのお構いもできなかったけれど、2日間 聞き手にまわって過ごしたこともあった。トモダチになれなくてもママトモみたいになれたらいいな とあの頃の私は思ってたっけ。
けど、そうはうまく行かなかった。

  • ド深夜の3時だか4時だか、

姪っ子が熱が出たとかで「冷えピタないですか?」て。無いから眠剤飲んでた私がふらりふらりとコンビニはしごして買って戻ったら「あ、どうも、すみません。」って表情ひとつ変えないで1枚使って置いてった嫁さん。

  • 「弟さん、ご両親に怒ってました『お前くらいはまともに生きてよ!って親(母)に言われて苦しかった!』て。」

ツーンとなんでもないようにいう彼女。
聞かされた私の気持ちなんて、考えてもないんだとわかる。
『姉はマトモじゃない』前提でなにを真面目にいってるのかい?
嫁さんにも弟にも両親にも憎しみが沸々と湧くのを堪えました。


「そう、弟もあの両親には相当苦しめられただろうからね。で、似てるんだよ。だから、こうなってる。」

努めて冷静に返したっけ。
あの頃も自分を私は何度も殺してきた。

しかもこんなことは
かつて日常茶飯事だったし。

でも、はらわた煮えかえるくらい、悔しかったな・・

■二人の騒動はいつの間にか終わった

また、
弟の言うカサンドラ症候群だとか、嫁がアスペルガーだとか、実際 発達障害児関連の仕事をしていた私からしたら、何言ってんの?ってレベルだった。

とはいえ心配して珍しく姉弟でLINEした。
文面だけで「おかしいな」と思って初めて電話したら「完全におかしいな」と感じた。

お嫁さんに「多分いまオーバードーズしてるから、救急車よぶか誰か行くかした方がいいよ多分」って話した。それで両親が駆けつけたそうだけど、


私が知らせた事は明かされてなかった。



その後は、LINEでいちいち嫁にも同じ文章を送って相違のないように工夫したり、弟に「客観的に自分たちはこうだから、あんたが今やってることはこうだよ!」と相当強い言葉で攻撃(刺激)したりもした。それ以来、弟との溝が改めてくっきりして、冒頭のように挨拶すら消えた時期もあるが、いろいろと諦めているのでどうでもよい。


それよりも

お嫁さんから「お騒がせしました」も「有難うございました」もないまま


結局最後の一撃のLINEから一週間。

それまでずっと別居していて
両家が苛立ちながら指をくわえて見ていた二人が


実は元の鞘に戻ってて、また暮らしてると知らされたときの衝撃ったらなかった。
流れとしては私に一言
「家に戻ってみます」があっておかしくない状況だったのに。

私がハラハラしながら一週間過ごしていたのがバカみたいだった。
(当時の私だってクソ派遣で鬱状態だったのに…)
しかも自分の意志で戻っておきながら、まだ同じ内容の弟への遠回しな愚痴を言っていたので。

『早くわかれちまえよ』

そう思う以外なかった。
嫁側が言えない事を婿側の人間が本人にピシャっといったことで、騒動の幕が引かれたことは明白だったが


それも闇に葬られた。




ああもう、
かれらも似たような者。
機能不全家族は恥を絶対に外にもらさないようにするんですよね。




間も無くして注文住宅を建て、妊娠まで伝えられたときは本当に腹がたった。



(死産した身として、妊娠報告が唐突過ぎて衝撃で口から心臓が出るかと思ったよなぁ。怒りが湧いたなぁ。あの時も、突如、母が場繋ぎで私と嫁と3人でいる瞬間に言い出したんだな)



とにかく、感謝とか心遣いのない似たもの夫婦なのだ。
なにかしてくれてても付き合いでやってるのが見え見えなので困る。
それを実家が受け入れているから困る。

しわ寄せが私にくるから。
そのしわ寄せが私の娘に行くから。
娘に行かないようにすごいエネルギーがいるから。

長年色々耐えてたけど、

2年前くらいに「自分の中のこんがらがった糸」が解けたとき。
どうして自分を犠牲にして耐えてたんだろう
意〜味な〜いじゃ〜〜ん♪
と開眼。


いつかどこかで目にした言葉。

悪い物を差し出られたら、
受け取らないで放っておく。
するとその本人が回収するしかなくなる。


それを実践するようになったのだ、が。

回収する人ばかりではないことは社会の底辺で働いているとすぐに解ることとなる。
そう、置きっぱなしにしているコチラが責められるんだわな。

だから「きちんとお返し」するようにした。

鬼滅の刃より妓夫太郎『取り立てろ』

絶対領域を崩さない、許さない

夫婦は似た者同士と言ったけれど、家族もそう。
気の合う親族ならそれもそう。

わたしは自分の後ろに控えている娘のためにも自分を守る。
そのためには、「大人らしくしない」「マトモじゃない」と言われようと

そんな「相手都合の為の大人の対応」なんか捨てた。
些末で流れていく他人事のようなことならいくらでも演技してあげるけど、大事な場面でこそしない。

自分を傷つけるような、犠牲の上に成り立つようなこと。してあげたいと思えないのにしたほうが得とか、そういったことはやめたやめた。


先日はお嫁さんが二人目の甥っ子が保育園もきまり、自分もまた晴れて復職するとかでキラキラしながら「やりたいこと全部やります!」っていってたのだけど、それに付き合うまわりの人々に「感謝」がないのは「マトモじゃない」と思うのだけれど?だれも突っ込みませんけど。
腐っても機能不全家族。それぞれがそれぞれに劣等感を抱えていますので、波風をたてて、んんん?と思われるのをかなり避けるのですよね。


■泊まりにおいで

そんなお嫁さん(と弟)ですが、姪っ子には少し同情してまして。今度泊まりにおいでと約束していたんです。
過去(昨年)にも一度泊まりに来てもらった事があるのでこれで2度目の約束です。


しかしですね、お嫁さんの英才教育の都合に バリバリ無職の私合わせましてですね(苦笑)時間と場所どうしましょうかと連絡したっきりで。
既読スルーで前日を迎えたのですよ。


その時点でかなり腹が立っていたんですが、一縷の望みをかけて布団の準備やらしていた自分をほめたいです。


で、前日にやってきたLINEがまずはじめ、すかしてまして。


わたくし、キレまして。(冷静な文章で)
そしたら、言い訳かましてきまして。
ですから、療育対応で質問してやりまして。
したら、謝っとけで謝罪がきまして。

あー…
伝わらねぇな。と感心するほど引きまして。
お泊り「お断り」しました。


可哀そうなのは姪っ子です。
そう、姪っ子。つまり嫁さんがほんとうに娘のことを思っていたらしないだろ?って対応をしたこと、もう容認しません、と。

わたしは態度でしめしました。

■そこから1ヶ月ほどして

春、姪っ子の誕生日。

私と娘は電車で隣町までいき、競歩で行ったり来たりを散々やってプレゼントを決め、購入し、その町の郵便局を探し、配送しました。正直娘は連れまわされている感つよそうでしたが(:娘は年齢と自閉傾向も手伝って、付き合いの浅い人に対して執着が薄い)、「お祝いしようね~」と声掛けしたり、「お手紙かこうか~?!」っと誘導したりして、

まぁ、無事に送ってさしあげました。

お嫁さんから、「ありがとうございました!」とLINEがきて「いえいえ喜んでもらえてよかったです!」と当たり障りのないやり取りをして終了とあいなりました。

次に会う時、
相手の出方をみますけど。
いつもどおり不愛想に来るのなら、わたしのほうも無理してピエロなんぞしませんし、話題の提供なんぞしないでスマホでも見てようと思います。
親が年を重ねて、食事や面倒を見るのが大変だと思うのならば自分たちが呼ばなければいいのです。


というか会いたくありません。
話す事ないし。